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東京高等裁判所 昭和38年(ネ)113号 判決

控訴人 落合義男 外二名

被控訴人 石川禎

参加人 稲垣武五

主文

1、控訴人落合及び同佐藤は参加人に対し、東京都中央区銀座西六丁目五番地十二所在木造亜鉛葺三階建店舖一棟建坪四十坪九合五勺八才、二階四十三坪二合二勺五才、中二階八坪六合九勺四才、三階十六坪八合七勺五才(但し公簿上は同所同番地七所在家屋番号同町五四番木造亜鉛葺二階建店舖一棟建坪三十五坪六合七勺、二階三十三坪六合八勺)を収去して、右東京都中央区銀座西六丁目五番十二宅地四十八坪六合六勺の明渡をし、かつ、控訴人落合は昭和三十一年十月二十六日から昭和三十二年四月二十六日まで及び昭和三十二年六月二十六日から右土地の明渡ずみとなるまで、控訴人佐藤は昭和三十二年七月五日から右土地の明渡ずみとなるまで各自一ケ月金三万円の割合による金員の支払をせよ。

2、控訴人喜多は参加人に対し右建物から退去して右土地の明渡をせよ。

3、控訴人喜多が東京地方裁判所昭和三十二年(ヨ)第四、六七〇号、同第四、九八八号各不動産仮処分申請事件の仮処分決定に基き、右建物中一階につき訴外町井久之又は町井久夫こと鄭建永に対し、また右建物中二階、中二階及び三階につき訴外社団法人アメリカン・ソサエテー・オブ・ジヤパン及び訴外田栗敏男に対してなした仮処分執行はいずれもこれを許さない。

4、原判決中被控訴人勝訴の部分を取消す。

5、被控訴人の請求を棄却する。

6、訴訟費用は第一、二審ともすべて控訴人らの負担とする。

7、この判決中第一、二項は参加人において担保として控訴人落合のため金百万円を、控訴人佐藤のため金百万円を、供託するときは、また控訴人喜多に対しては担保を供せずに仮りに執行することができる。

8、参加人が控訴人喜多のため保証として金三百万円を供託したときは第三項の仮処分執行は既になした執行処分を取消した上この判決確定に至るまでこれを停止する。

9、前項は仮りに執行することができる。

事実

第一、各当事者の申立。

控訴人代理人らはそれぞれ原判決中当該控訴人敗訴の部分(控訴人喜多に関しては同控訴人に関する部分)を取消し、被控訴人の請求を棄却する旨並びに訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とするとの旨の判決を求め、被控訴人代理人は各控訴人の控訴につきいずれも控訴棄却の判決を求め、かつ原判決主文第一項中控訴人落合及び同佐藤に対し建物収去土地明渡を命ずる部分及び控訴人喜多に対し建物退去土地明渡を命ずる原判決主文第二項につき仮執行の宣言を求めた。

参加人代理人は主文第一、二項同旨及び主文第三項記載の仮処分執行はいずれもこれを取消す旨並びに訴訟費用は控訴人らの負担とする旨の判決及び仮執行の宣言を求め、控訴人落合代理人及び同喜多代理人はいずれも参加人の参加申立につき却下の判決を求め、参加請求の本案につき請求棄却の判決を求めた。

第二、各当事者の主張等

一、参加人の参加申立前における被控訴人並びに控訴人らの主張は、被控訴人代理人及び控訴人喜多代理人において次のとおり述べたほか、原判決の事実摘示と同一であるからこれを引用する。

(一)、被控訴人代理人の陳述。

「控訴人喜多に対し本件建物に関する仮処分執行の取消を求める請求は、第一次に本件土地の所有権に基きその妨害排除として請求し、予備的に本件土地の所有権を主張して民事訴訟法第五百四十九条の類推適用によりこれを求めるものである。

控訴人喜多の(1) (イ)の抗弁事実中、同控訴人が本件建物に増改築をなした事実は否認する。仮りに増改築の事実があつたとしても、これによる有益費は生ぜず、従つて被控訴人が本件建物を岩橋勝一郎に売却したことにより不当の利得をした事実はない。また仮りに同控訴人が被控訴人に対し不当利得返還請求権を有したとしても、右権利は同控訴人が増改築をなしたと主張する昭和二十五年より十年の期間の経過により遅くとも昭和三十五年末には時効により消滅した。同控訴人の(1) (ロ)の抗弁事実中、被控訴人が控訴人喜多を債務者として東京地方裁判所に占有移転禁止の仮処分命令を申請し、同控訴人主張の仮処分命令を得て執行したが、同控訴人が異議の申立をし勝訴の確定判決を得たことは認めるが、同控訴人が被控訴人に対し右仮処分執行による損害賠償請求権を有するとの主張事実は否認する。そして同控訴人が右利得返還請求権乃至損害賠償請求権を有するとしても、同控訴人は本件建物を現実に占有するものではないから本件建物に留置権を有しない。また仮りに本件建物につき留置権を有するとしても、その敷地の所有者である被控訴人には対抗し得ない。」

(二)、控訴人喜多の陳述。

「(1) 、(イ)、控訴人喜多が留置権の抗弁に関し主張する本件建物になした増改築とは、本件建物を被控訴人から賃借して以後昭和二十五年までの間において、もと建坪三十五坪二階三十三坪六合八勺であつた本件建物を被控訴人主張のような坪数に増改築したことを指すものであつて、控訴人喜多は右増改築に一千万円余を投じたのであるが、右増改築部分は附合によつて被控訴人の所有に帰し、これが有益費は被控訴人が本件建物を訴外岩橋勝一郎に代金六百五十万円で売渡した昭和二十八年六月十日当時の残存額において四百万円に相当したので、被控訴人は右建物売却に際しこれを不当に利得したことに帰着する。よつて控訴人喜多は被控訴人に対し右利得の返還請求権を有し、右債権に関し本件建物につき留置権を有するものである。

(ロ)、仮りに右留置権の主張が理由がないとしても、控訴人喜多は次の留置権を有する。すなわち、被控訴人は本件建物が被控訴人の所有に属した当時本件建物につき控訴人喜多を債務者として東京地方裁判所に占有移転禁止の仮処分命令の申請をし、昭和二十七年(ヨ)第一、七八五号決定として仮処分命令を得、これに基き執行したが、控訴人喜多は右仮処分決定に対し異議の申立をし、勝訴の判決を得て右判決は昭和二十九年七月七日確定した。よつて右仮処分申請は不当な申請であり、その執行により控訴人喜多はその営業を妨害され金千六百六十九万四千百七十五円の損害を蒙つたので、被控訴人に対しこれが損害賠償請求権を有するところ、右債権は本件建物に関し生じたものであるから、控訴人喜多は右債権に関し本件建物につき留置権を有する。

(ハ)、そして留置権は物権として対世的な効力を有し、留置権者は何人に対しても留置物の引渡を拒み得るものであるから、本件建物が被控訴人の所有を離れても控訴人喜多の留置権は消滅せず、また何人が本件建物からの退去を求めようとも控訴人喜多はこれを拒み得るものである。もつとも控訴人喜多に本件土地の占有権原がないとすれば、本件建物の留置権は被控訴人の本件土地の所有権の妨害となるであろうから、その場合権利の衝突を来すこととなるが、かかる場合は建物の留置権と敷地の所有権に基く妨害排除請求権との発生時期の先後によりいずれが優先するかを決すべきものと解すべきところ、被控訴人の本件土地の賃借人下田千代に対する昭和三十一年二月十三日付賃貸借契約解除の意思表示が有効としても、被控訴人は右解除の効力発生によつて妨害排除請求権を取得したにすぎず、控訴人喜多の留置権はそれ以前に発生しているので、同控訴人は右留置権に基き本件建物からの退去を拒み得るものである。

(2)  被控訴人の控訴人喜多より訴外鄭建永らに対する仮処分の取消を求める請求は、被控訴人が原審において提出した昭和三十五年四月十九日付請求の趣旨訂正申立書の記載並びに原判決主文に照して仮処分決定自体の取消を求める趣旨に解せられるところ、仮処分決定の取消は民事訴訟法第七百五十六条、第七百四十四条による異議の申立によらなければならず通常の訴によることはできない。またもし仮処分決定に基く執行処分の取消を求めるのであれば、民事訴訟法第五百五十条第一号の「執行を許さず」との判決を求め、その判決に基き同法第五百五十一条により執行処分の取消を求めるべきであつて、直接執行処分の取消を求めることは民事訴訟法上認められていない。そして被控訴人は右請求につき第一次に本件土地の所有権に基く妨害排除としてこれを求め、予備的に民事訴訟法第五百四十九条による第三者異議としてこれを求めるというのであるが、そのような併合は許されない。また右第三者異議の主張は本件土地の所有権に基き、その地上の本件建物に対する仮処分の執行につき異議を主張するものであつて、執行の目的物につき所有権その他の権利を主張するものではないから失当である。」

二、参加人代理人は参加の理由並びにその請求原因として、

「参加人は昭和三十七年十一月十九日被控訴人から本件訴訟の目的である東京都中央区銀座西六丁目五番十二宅地四十八坪六合六勺を譲受けてその所有権を取得し、同月二十二日その登記を了し、また右土地譲受と共に被控訴人から控訴人落合及び同佐藤に対する右土地の不法占有による損害賠償請求権をも譲受け、被控訴人は控訴人落合に対しては昭和三十八年一月七日、控訴人佐藤に対しては同月十一日右債権譲渡の通知を発し、右通知は控訴人落合には同月八日、控訴人佐藤には同月十二日それぞれ到達した。よつて参加人は民事訴訟法第七十一条により控訴人らを相手方として本件訴訟に参加し、被控訴人が控訴人らに求めたと同趣旨の判決を求める。なお、被控訴人が従来本件土地の地番を東京都中央区銀座西六丁目五番の七と主張したのは同番の十二の誤りであるから訂正する」

と述べ、控訴人落合の本案前の申立に対し、

「参加人代理人弁護士宗宮信次は昭和三十八年一月八日被控訴人より訴訟委任を解任され参加人の訴訟代理人となることの同意を得ており、被控訴人は参加人の主張を争わず、本件訴訟よりの脱退を申出ているのであるから、被控訴人と参加人とは何ら利害相反せず、従つて参加人代理人の行為は何ら弁護士法第二十五条に違反しない。なお被控訴人の脱退は控訴人らにおいて不同意であつても脱退の効力を生ずるものである(福井地方裁判所昭和三十七年三月九日判決、下級裁判所民事裁判例集一三巻三号三七一頁参照)」

と述べた。

控訴人落合代理人は、本件参加につき、「本案前の抗弁として、本件参加の申立は昭和三十八年一月八日まで被控訴人の訴訟代理人であつた弁護士宗宮信次が参加人の訴訟代理人となつて同月十六日申立てたものであつて、同弁護士は弁護士法第二十五条第二号又は第一号により適法に参加人を代理し得ないものであるから、本件参加申立は不適法である」

と述べ、本案の答弁として、

「本件土地につき、昭和三十七年十一月二十二日被控訴人より参加人に対する所有権移転登記のなされた事実及び参加人主張の債権譲渡の通知が昭和三十八年一月八日控訴人落合に到達した事実は認めるが、その他の事実は争う、なお本件土地の地番の訂正には異議がない」

と述べた。

控訴人喜多代理人は、本件参加につき、本案前の抗弁として、

「参加人が控訴人喜多に対し執行処分の取消を求める仮処分は占有回収の訴を本案訴訟とするものであるから、本権に基き右仮処分の執行処分の取消を求める請求は許されない。仮りに右の如き請求が許されるとしても右の請求は民事訴訟法第五百四十九条第二項により仮処分債務者をも相手方とすべきものである。また控訴人喜多に対し本件建物からの退去並びにその敷地の明渡を求める請求は、本件建物について占有の回収を求めている控訴人喜多のみを相手方とすべきものではなく、右占有回収の訴の被告をも相手方とすべきものである。これらの点からいつて本件参加申立は不適法である」

と述べ、本案の答弁として、

「参加人が昭和三十七年十一月十九日被控訴人から本件土地を譲受けて所有権を取得し同月二十二日その登記を了した事実は認める。なお本件土地の地番の訂正には異議がない」

と述べた。

控訴人佐藤代理人は本件参加につき答弁をしない。

三、なお被控訴人代理人は、被控訴人は本件訴訟より脱退すべきことを申出でたが、控訴人喜多代理人及び同落合代理人は被控訴人の脱退を承諾しないと述べた。

第三、証拠関係〈省略〉

理由

第一、参加人の参加申立の適否について。

一、控訴人落合の本案前の抗弁について。

参加人代理人弁護士宗宮信次は第一審原告たる被控訴人の訴訟代理人として本件訴訟を追行してきたが、昭和三十八年一月八日被控訴人より解任され、同月十日参加人より訴訟委任を受け同月十六日参加人代理人として本件参加申立書を当裁判所に提出したことは記録上明らかなところである。

ところで、本件参加申立は訴訟係属中その訴訟の目的たる権利の譲渡を受けたことを主張して、民事訴訟法第七十三条第七十一条により当事者として訴訟に参加するものであることは、参加人の主張によつて明らかなところ、右民事訴訟法第七十三条第七十一条による参加の場合、権利の譲受人である参加人と前主である原告との間に権利の譲渡について争いがなく、かつ参加申立において原告を相手方としないときは、原告の訴訟代理人として訴訟を追行してきた弁護士が更に参加人の訴訟代理人として参加申立をしても、何ら依頼者の信頼を裏切るものでもなく、また弁護士の品位を汚すともいえないから、右弁護士の行為は何ら弁護士法第二十五条第一号又は第二号に違反するものではない(昭和三十七年四月二十日最高裁判所第二小法廷判決、最高裁判所判例集一六巻四号九一三頁参照)

そして、本件参加申立が被控訴人を相手方としないものであることは参加申立書の記載により明らかであり、権利の譲渡について被控訴人が事実上これを争わないことは、被控訴人が脱退の申出を行つたこと(右申出は参加人の代理人となつていない被控訴人の代理人川合昭三弁護士によりなされたものであることが記録上明らかである)その他本件口頭弁論の全趣旨によつてこれを窺うに十分であるから、弁護士宗宮信次は適法に参加人を代理して参加申立をなし参加人のため訴訟を追行し得るものであつて、右は何ら弁護士法第二十五条に違反するものではない。

よつてこの点に関する控訴人落合の主張は採用し得ない。

(なおこの点に関し、参加人は被控訴人は本件訟訴より脱退したので弁護士宗宮信次の行為は弁護士法第二十五条に違反しないと主張する如くであるが、被控訴人の脱退は控訴人らの承諾を得ていないので脱退の効力を生ぜず、この点に関する参加人引用の福井地方裁判所判決にはにわかに左袒できないけれども、脱退の効力が生じたか否かは弁護士法第二十五条違反の成否には何ら関係ないものと解すべきである)

二、控訴人喜多の本案前の抗弁について。

控訴人喜多のこの点に関する主張はいずれも何らこれを是認すべき法律上の根拠がないからすべて採用できない。

第二、参加人の控訴人らに対する請求について。

一、控訴人落合及び同佐藤に対する建物収去土地明渡の請求及び控訴人喜多に対する建物退去土地明渡の請求について。

(一)、本件土地がもと被控訴人の所有であつたことは当事者間に争いがなく、参加人が昭和三十七年十一月十九日これを被控訴人より譲受けて所有権を取得し同月二十二日その旨の登記を了したことは、公文書として真正に成立したものと推定される丁第一号証(控訴人落合においては成立を争わない)によつて明らかである。

(二)、そして本件土地上の本件建物はもと被控訴人の所有であつたが、昭和二十八年六月十日訴外岩橋勝一郎が被控訴人よりこれを譲受け、その後昭和三十一年四月二日競売法による競売により訴外山本解寿及び同高柳道生が競落取得して同人らの共有となり、更に控訴人ら主張の経過により同年十月二十六日から昭和三十二年四月二十六日までは控訴人落合が二分の一の共有持分を有し、また同年六月二十六日から控訴人落合の単独所有となり、その後同年七月五日控訴人佐藤が控訴人落合より二分の一の共有持分を譲受けたことは当事者間に争いがなく(控訴人落合は控訴人佐藤に対する共有持分の譲渡はその内縁の夫鄭建永の強迫による意思表示に基くものであるからその後これが取消の意思表示をしたと主張するけれども、右強迫の事実を確認するに足りる証拠はない)、従つて本件建物は現に控訴人落合及び同佐藤の共有に属し、同控訴人らは本件建物を共有してその敷地である本件土地を占有していることが明らかである。また控訴人喜多が昭和十五年六月二十日被控訴人から本件建物を賃借し占有していたところ、その後訴外鄭建永、同社団法人アメリカン・ソサエテイー・オブ・ジヤパン及び同田栗敏男に右占有を侵奪され、現実にこれを占有していないけれども、同人らに対し占有回収の訴を提起し擬制的占有を有することは同控訴人の認めるところであつて、同控訴人も亦本件建物の占有により本件土地を占有していることが明らかである。控訴人喜多は建物の占有と敷地の占有とは別個であつて同控訴人は本件土地を占有していないと主張するけれども、土地に定着する建物の占有者は当然敷地をも占有することはいうまでもない。

(三)、よつて控訴人らが本件土地を占有する権原を有するかどうかについて判断する。

(1) 、まず控訴人落合及び同佐藤は本件土地の賃借権を有すると主張し、控訴人喜多は右の如く本件土地の賃借権を有する控訴人落合及び同佐藤よりその共有にかかる本件建物を賃借していると主張する。被控訴人が本件建物を岩橋勝一郎に譲渡すると同時に本件土地を同人の内縁の妻下田千代に賃貸したことは当事者間に争いがないところ、控訴人らは、その後本件建物の所有権の移転に伴い本件土地の賃借権は順次本件建物の所有者に譲渡され、右賃借権の譲渡についてはその都度被控訴人の承諾を得てはいないけれども、本件土地付近においては賃貸人の承諾なくして借地権を譲渡し得る慣習があり、被控訴人と下田千代とは賃貸借契約締結に際し右の如き慣習に従う意思を有したので、控訴人落合及び同佐藤は本件土地の賃借権を有すると主張するのであるが、右の如き慣習が存するかどうかはとも角として、被控訴人が右の如き慣習に従う意思を有した事実を認めるに足りる何らの証拠もなく、かえつて、原審証人岩橋勝一郎の証言(第一回)によつて成立の認められる甲第一号証によれば被控訴人と下田千代との間には賃借権の無断譲渡を禁止する積極的な合意がなされていたことが認められるばかりでなく、被控訴人と下田千代との間の本件土地の賃貸借契約は本件建物が岩橋勝一郎の所有に属していた昭和三十一年二月十三日被控訴人より下田千代に対する賃料延滞を理由とする契約解除の意思表示により解除され、右解除の効力を争う控訴人らの主張の理由のないことはすべて原判決の認定するとおりであるから、原判決の理由中この点に関する説示を引用する。してみれば控訴人落合及び同佐藤は何ら本件土地の賃借権を有せず、控訴人喜多は本件建物につき賃借権を有するとしても、これに基き本件土地を占有する権原を失つたものといわなければならない。控訴人喜多は本件土地の賃貸借契約解除の効果は本件建物の賃借人である控訴人喜多には及ばないから同控訴人は本件土地の占有権原を失わないと主張するが、敷地の賃貸借契約の解除が建物の賃貸借契約に直接の影響を及ぼさないことはいうまでもないけれども、建物の賃借人の敷地の占有は建物所有者の敷地の占有権原に依存するものであるから、建物の所有者が敷地の占有権原を失えば建物の賃借人は右敷地の占有権原を失うことは当然であつて、控訴人喜多の右主張は到底採用できない。

(2) 、次に控訴人落合及び同佐藤は、同控訴人らが本件土地の賃借権を主張し得ないとすれば借地法第十条により本件建物の買取請求権を有し、これに基き本件土地につき留置権を有すると主張するが、本件建物が岩橋勝一郎の所有に属した当時既に本件土地の賃貸借契約が解除されたことは前示のとおりであるから、控訴人落合、佐藤らは本件建物につき借地法第十条の買取請求権を取得するに由なく、この点に関する同控訴人らの抗弁は採用できない。

(3) 、控訴人喜多は更に、本件建物を増改築し有益費を支出したことにより被控訴人に対し不当利得返還請求権を有し、また被控訴人が本件建物に対し不当な仮処分執行をなしたことによる損害につき被控訴人に対し賠償請求権を有するので、本件建物につき留置権を有するから、本件建物から退去して本件土地を明渡すことを拒め得るものであると主張する。よつてこの点について考えるに、建物について留置権を有する者が、その敷地の所有者に対し建物より退去して敷地を明渡すことを拒み得るかどうかについては、これを積極に解する見解もないではないけれども、建物の占有は敷地の占有権原に依存するものである以上、たとい建物自体についてはこれを占有する正当な権原を有していても、敷地について自己が占有権原を有し又は第三者の占有権原を援用し得る場合でなければ、敷地の所有者に対する関係では敷地を不法に占有することとなることは明らかであつて、ひとり建物の留置権者のみを別異に取扱うべき何らの理由もないから、敷地につき留置権を主張するものではなく、単に建物の留置権を主張するのみで、援用し得る敷地の占有権原を併せて主張するものでもない控訴人喜多の留置権の抗弁は、右建物の留置権の存否の点について判断するまでもなく、到底失当たるを免れない(昭和九年六月三十日大審院判決、大審院民事判例集一三巻六号一二四七頁参照)。

(4) 、以上のほかに、控訴人らは本件土地を占有する権原を有することにつき何らの主張も立証もなさない。

(四)、よつて控訴人落合及び同佐藤は参加人に対し本件建物を収去して本件土地を明渡す義務があり、控訴人喜多は同様参加人に対し本件建物より退去して本件土地を明渡す義務あることが明らかである。なお控訴人喜多は、本件建物よりの退去並びに本件土地の明渡を求める請求は、控訴人喜多の本件建物に対する留置権を喪失せしめる結果となるから信義則に反すると主張するが、同控訴人が本件建物につき留置権を有することを確認するに足りる十分の証拠がなく、仮りに右留置権を有するとしてもこれによつて担保される同控訴人主張の債権についてその債権額を確定するに足りる何らの証拠もない本件にあつては、本件の請求が信義則に反するとの同控訴人の主張は到底採用し難く、また同控訴人は控訴人落合らに対し本件建物の収去を強制することは公序良俗乃至信義則に反し、これに関連し控訴人喜多に本件建物からの退去を求めることは不当であると主張するが、右の如き主張を容れる何らの根拠も発見できない。

二、控訴人落合及び同佐藤に対する損害金の請求について。

右一に認定した事実に徴すれば、控訴人落合及び同佐藤はそれぞれ主文第一項の期間本件建物を所有(共有又は単独所有)して本件土地を占有し、本件土地が被控訴人の所有に属した期間中は被控訴人に対しその使用収益を妨げ賃料相当の損害を加え、本件土地が参加人の所有に帰した後は参加人に対しその使用収益を妨げて同様賃料相当の損害を加えつつあることが明らかであるところ、右賃料相当額は被控訴人と下田千代との間の本件土地の賃貸借契約において賃料が昭和二十九年一月以降一ケ月金三万円と定められた当事者間に争いのない事実に徴し一ケ月金三万円と認めるのが相当である。ところで被控訴人が昭和三十七年十一月十九日参加人に対し本件土地と共に、控訴人落合及び同佐藤に対する本件土地の不法占有を理由とする損害賠償請求権を譲渡し、それぞれ参加人主張のとおり同控訴人らに対し債権譲渡の通知をなしたことは、控訴人落合において成立を認めかつ弁論の全趣旨により成立を認め得る丁第二及び第三号証の各一、二によつて明らかである。よつて控訴人落合及び同佐藤は参加人に対しそれぞれ主文第一項の期間一ケ月金三万円の割合による賃料相当の損害金を支払う義務あることが明らかである。

三、控訴人喜多に対する仮処分執行の取消を求める請求について。

参加人のこの点に関する主張は被控訴人の主張をそのまま受継ぐものと解すべきところ、被控訴人は第一次に本件土地の所有権に基きその妨害排除としてその地上の本件建物に対する控訴人喜多より鄭建永外二名に対する仮処分の執行の取消を求め、予備的に本件土地の所有権を主張して民事訴訟法第五百四十九条の類推適用により右の請求をするものであると主張する。

そこでまず右第一次の請求について考えるに、およそ仮処分執行を含め強制執行の排除を求める申立は民事訴訟法第六編中のいずれかの規定に基くことを要するものと解すべきことは、同法の規定する法体系からいつて多言を要しないところであるから、右第一次の請求は失当たるを免れない。よつて第二次の請求について判断する。

民事訴訟法第五百四十九条の執行の目的物に対する第三者異議の訴は、強制執行の存在が第三者の所有権その他の物権乃至は執行債権者に対抗し得るその他の権利を行使する上に妨害となる場合に、その排除を求めることを目的とするものと解すべきであるから、右訴は強制執行の存する場合にその強制執行が第三者の右のような権利の妨害となる場合に広く認められるべきであつて、そのような場合である以上第三者の権利の目的が執行の目的物と一致することは必ずしもその要件としないものと解するのが、右第三者異議の訴を認めた法意に最も適合するものといわなければならない。

そこで、これを本件についてみるに、控訴人喜多が主文第三項掲記の各仮処分決定に基き昭和三十二年八月二十一日訴外鄭建永外二名に対し、本件建物中それぞれ主文掲記の各部分に対する同訴外人らの占有を解き執行吏に保管を命じ執行吏は現状を変更しないことを条件として同人らにその使用を許す旨の仮処分執行をなし、現にその執行中であることは当事者間に争いないところ、参加人所有の本件土地上に控訴人落合及び同佐藤の共有にかかる本件建物が存して参加人の本件土地の所有権の妨害となつており、参加人が同控訴人らに対し建物収去土地明渡の請求権を有する以上、本件建物を執行吏に保管せしめる内容の本件仮処分執行は建物収去の任意履行乃至強制執行の障害となることはいうまでもなく、そして控訴人喜多が本件土地を占有する権原を有しないことは前記一の判断により明らかであるから、右仮処分執行はすなわち参加人の本件土地の所有権の行使の妨害となることは多言を要せず、従つて、参加人の主張する権利の目的と本件仮処分執行の目的物とは異るけれども、参加人の本件土地の所有権は正に民事訴訟法第五百四十九条にいう強制執行の目的物の譲渡もしくは引渡を妨げる権利に該当するものというべきである。よつて右仮処分執行の排除を求める参加人の請求の理由の存することは疑いを容れない。

なお、参加人は仮処分執行の取消を求めるけれども、強制執行の排除を求めるには民事訴訟法第五百五十条第一号にいう「強制執行を許さず」との裁判を求め、その裁判の正本を執行機関に提出して執行処分の取消を求むべきものであることは、右民事訴訟法第五百五十条の規定及び同法第五百五十一条の規定に徴し疑いがなく、そして参加人は要するに仮処分執行の排除を求めるものであることはその主張に照し明らかであるから、ひつきよう参加人は「仮処分執行を許さず」との裁判を求める趣旨と解するに十分である。従つて直接執行処分の取消を求めることは不適法であるとの控訴人喜多の主張はその前提を欠き採用できない。なお又控訴人喜多は、被控訴人(従つて参加人)の請求は、被控訴人が原審で提出した昭和三十五年四月十九日付請求の趣旨訂正申立書の記載並びに原判決主文に照して、仮処分決定自体の取消を求める趣旨と解されるが、通常の訴をもつて仮処分決定の取消を求めることは許されないと主張するけれども、右請求は仮処分決定自体の取消を求めるものではなくこれに基く執行の排除を求めるものであることは被控訴人並びに参加人の主張を通観すればおのずから明らかであつて、被控訴人提出の前記書面及び原判決主文によつても右請求が仮処分決定の取消を求めるものであるとは到底解せられない。よつて控訴人喜多の右主張も亦到底採用できない。

第三、結論

以上説示したとおりであるから、参加人の控訴人落合及び同佐藤に対し本件建物を収去し本件土地を明渡すべきこと及び主文第一項の期間各自一ケ月金三万円の割合による損害金を支払うべきことを求める請求、控訴人喜多に対し本件建物から退去して本件土地を明渡すべきことを求める請求並びに同控訴人より訴外鄭建永外二名に対する本件建物に関する仮処分執行の排除を求める請求はすべて正当と認めてこれを認容し、被控訴人のこれと同様の請求は被控訴人より参加人に対する訴訟の目的たる権利の譲渡によつて失当たることに帰着したから、原判決中これを認容した部分はこれを取消して右請求を棄却すべきものとし、参加人と控訴人らとの間の訴訟費用は民事訴訟法第八十九条第九十三条第一項本文により、また被控訴人と控訴人らとの間の原審並びに当審における訴訟費用は同法第九十六条第九十条第九十三条第一項本文により、すべて控訴人らに負担させる。そして本件については諸般の事情を勘案して主文第一、二項については民事訴訟法第百九十六条を適用して主文第七項のとおり仮執行の宣言を付し、同第三項に関しては、同法第五百四十九条第五百四十八条第一項第五百四十七条第五百四十八条第二項を適用して主文第八、九項のとおり執行停止を命じかつこれが仮執行の宣言を付することとする(右主文第三項に関しては右各法条に照し同法第百九十六条による単なる仮執行の宣言は付し得ないものと解する)。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判官 牛山要 岡松行雄 今村三郎)

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